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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13814号 判決

原告 高木キク

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 犀川久平

同 犀川季久

被告 増田武弘

〈ほか七名〉

右八名訴訟代理人弁護士 岡村親宜

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告らは、原告らに対し、金五二二万円及びこれに対する被告増田武弘、同鈴木武子、同増田てるについては昭和五九年一月一二日から、同増田文子、同増田筆子については同月一三日から、同篭田弘子、同増田武長については同月一四日から、同山田スミ子については同月二七日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  第一項についての仮執行宣言。

二  被告ら

主文一、二項同旨。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  訴外高木幸太郎は、昭和四一年五月当時、被告らに対し、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を堅固でない建物を所有する目的で賃貸していた(以下これを本件賃貸借契約という)。

本件賃貸借契約には、被告らが本件土地上の建物の増築改築を為す場合には、原告らの書面による承諾を得なければならない旨のいわゆる「増改築禁止の特約条項」があった。

(二)  訴外高木幸太郎は昭和五一年五月三一日に死亡し、原告らがその相続人として同人の権利義務を承継した。

(三)  被告らは、昭和五四年四月一八日、東京地方裁判所に対し、原告らを相手方として借地法第八条の二第一項に基づき本件土地の借地条件を堅固建物所有目的に変更する旨の借地条件変更の申立をした。

右申立書によると、被告らが建築を予定している建築物の種類、構造、床面積は次のとおりであった(以下これを建築予定建物という)。

種類 共同住宅

構造 鉄筋コンクリート造四階建

床面積 一階 一六五・四七平方メートル

二階 一六七・四二平方メートル

三階 一六七・四二平方メートル

四階 六〇・二〇平方メートル

以上、床面積合計五六〇・五一平方メートル

(四)  右事件は、東京地方裁判所昭和五四年(借チ)第二一号建物に関する借地条件変更申立事件として同裁判所に係属し、同裁判所は、昭和五五年二月一五日、鑑定委員会の昭和五四年一〇月一五日付意見書を踏まえて、左記のとおり決定した。

「申立人(被告)らが相手方(原告)らに対して、この裁判確定の日から三か月以内に金一三二七万円を支払うことを条件として、別紙目録一の1及び2の各土地(本件土地)に関する相手方(原告)らを賃貸人、申立人(被告)らを賃借人とする各賃貸借契約の目的を堅固な建物の所有に変更し、その期間を右目的変更の効力の生じた日から三〇年に延長する。」

(五)  被告らは、昭和五六年一一月二八日、「建築計画のお知らせ」と題する標識を設置し、本件土地上に前記借地非訟事件において申述していた前記建築予定建物と階数、床面積の異なる地上六階建、延床面積九二四・八六平方メートルの建物(共同住宅)を建築する旨表示し、同五八年五月初め頃、右に表示したとおりの建物(以下現存建物という)を完成させた。

(六)  右現存建物の建築は、本件賃貸借契約における前記増改築禁止の特約条項に違反するものである。すなわち、

前記借地法第八条の二第一項に基づく堅固建物への借地条件変更許可の裁判は、原告らに対し一三二七万円を支払うことを条件に、被告らが本件土地上に右借地非訟事件において自から申述した程度の規模、構造の建物(地上四階建、延床面積五六〇・五一平方メートル)を建築することを許可する趣旨を含むと解されるから、被告らが右程度の規模、構造の建物を建築するについては改めて同条第二項の増改築の承諾に代る許可の裁判を得る必要はなく、被告らが右のごとき規模、構造の建物を建築することは、前記増改築禁止の特約条項に反するものではない。このことは、原告らも承認する。

しかし、被告らが前記借地非訟事件において自から申述し同事件の審理の対象になっていた建築予定建物と大きく異なる規模、構造の建物を建築しようとする場合には、改めて原告らの承諾を得るか同条第二項の増改築の承諾に代る許可の裁判を得なければならない。蓋し、前記借地条件変更の許可の裁判は、あくまでも、被告らが右事件において申述した前記程度の規模、構造の建物を建築することを基準にしてその許否を決し、前記財産上の給付額を決定したものだからである。被告らが、かかる手続をとらないで前記建築予定建物と異なる規模、構造の建物を建築することは明らかに前記増改築禁止の特約条項に違反するものである。

しかるに、被告らは、前記「建築計画のお知らせ」の表示をみた原告らが右表示建物の建築は前記特約条項に違反するものであるから無断で建築しないよう再三警告し、昭和五七年一二月二四日には豊島簡易裁判所に借地調停の申立(同裁判所昭和五七年(ユ)第二〇〇号事件)をして飜意を求めたが、被告らはこれに応ぜず、前記のとおり建築予定建物と大きく異なる地上六階建、延床面積九二四・八六平方メートルの現存建物を建築したものである。これは、明らかに前記特約違反であり、被告らの債務不履行である。

(七)  被告らは、右違法な現存建物の建築により法律上の原因なくして不当に五二二万円相当の利益を得、反面、原告らは五二二万円相当の損害を蒙っている。すなわち、

前記借地非訟事件の裁判によって定められた財産上の給付額一三二七万円は、前記のごとく、被告らが床面積五六〇・五一平方メートルの建築予定建物を建築することを前提にして定められたものであり、もし、被告らがこれよりはるかに床面積の大きい現存建物のような建物(床面積九二四・八六平方メートル)を建築することを前提とした場合には、右財産上の給付額はより多額になった筈である。

右財産上の給付額の差額を建築予定建物と現存建物との効用増加率を基準にして計算すると、次のとおり五二二万円となる。

被告らが、改めて借地法第八条の二第二項の増改築の許可を得て現存建物を建築する場合には、元来、前記一三二七万円のほかに右五二二万円の財産上の給付を負担しなければならず、原告らはこれを取得しえた筈であるが、被告らは、右許可を得ることなく違法に現存建物を建築することによって右五二二万円の負担を免れて不当にこれを利得し、原告らはこれを取得しえずしてこれと同額の損害を蒙っている。

(八)  よって、原告らは、被告らに対し、第一次的には債務不履行による損害賠償請求権(民法四一五条)に基づき、予備的に不当利得返還請求権(民法七〇四条)に基づき五二二万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である請求の趣旨記載の日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの答弁

(一)  請求原因(一)の前段の事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同(二)ないし(五)の事実は認める。

(三)  同(六)の事実のうち、原告ら主張の調停のあったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(四)  同(七)の事実は否認する。

三  被告らの主張

借地法第八条ノ二第一項の申立ては、事情の変更により従前の建物が最有効使用の状態でなくなった場合に、これを最有効使用の状態に変更することを認めたものであり、この最有効使用の限度内において具体的にいかなる建物を建築するかは借地人が決めることであり、建築すべき建物の特定をすることは、その必要がないというべきである。財産上の給付、地代の改定という付随処分も最有効使用を前提として考えればよい。同条第一項の裁判が土地の使用目的を変更するのみで、建築すべき建物の具体的内容に触れないのはそのためである。したがって、建築建物の規模構造につき、許可の裁判時と実際の建物とに差異があっても、同条第二項の裁判を改めてもとめる必要はない。

被告らは、前記許可の裁判後の昭和五六年四月一日より用途地域指定が住居地域から商業地域に変更されたため、その最有効使用限度内で設計変更をおこなって現存建物を建築したものであり、被告らには、改めて同条第二項の許可の裁判を得てから現存建物を建築すべき義務はない。

よって、被告らには、債務不履行も不当利得もなく、原告らの主張は失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因(一)の前段の事実(本件賃貸借契約の存在)については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば後段の事実(増改築禁止特約条項の存在)を認めることができ、これに反する証拠はない。

二  同(二)ないし(五)の各事実(原告らによる権利の承継、被告らによる借地条件変更許可の裁判の申立とその裁判、被告らによる現存建物の建築の各事実)については当事者間に争いがない。

三  そこで、以下、現存建物の建築が原告ら主張のごとく増改築禁止の特約条項に違反するか否かについて検討する。

前記借地条件変更許可の裁判が被告らが右事件で申述した建築予定建物程度の建物を建築することを許可する趣旨を含み、被告らが右程度の建物を建築する限りにおいて改めて借地法第八条の二第二項の増改築許可の裁判を得なくとも前記増改築禁止の特約条項に違反するものでないことは原告らの自から承認するところであり、その主張のとおりであると考えられる。

そして、原告らが、被告らにおいて右借地条件変更許可の裁判手続において申述した建築予定建物と大きく規模、構造が異なる建物を建築する場合には、改めて同条第二項の増改築許可の裁判を得ることが必要であると主張する点についても、以下に述べるようにたやすく否定し難いものがあると考えられる。すなわち、前記借地条件変更許可の裁判が、従前の非堅固建物所有目的の土地利用が事情の変更により当該土地の最有効使用の状態でなくなった場合にこれを最有効使用の状態に変更することを認めたものであり、右裁判手続において建築すべき建物の規模、構造を具体的に特定する必要のないことは被告ら主張のとおりであるとしても、当該裁判手続において建築されるべき建物の規模、構造が具体的に申述され審理の過程で取り上げられている場合には、右建物の規模、構造等も右裁判において考慮すべき「一切の事情」の中に含まれ、これを考慮したうえで許否の決定ないし財産上の給付額の決定がなされているものと考えられるから、これと大きく異なる規模、構造の建物を建築するのであれば、右許否の決定ないし財産上の給付額の決定の内容が変っていたであろうということも充分に考えられ、かかることも参酌すると、このような場合には改めて同条第二項の増改築の許可の裁判を得なければならないとする原告らの前記主張にも、にわかに否定し難いものがあるというのが相当である。

しかしながら、本件の場合、現存建物の建築が前記借地条件変更許可の裁判により許可されたと考えられる建物と大きく異なる建物を建築したことになるのかどうかについては疑問があるといわざるをえない。すなわち、右借地条件変更許可の裁判において被告らが建築予定として申述していた建物が地上四階建、延床面積五六〇・五一平方メートルの建物であることについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、前記許可の裁判は右申述にかかる建物の規模、構造を「一切の事情」の中に含めて考慮のうえなされたものであると認められるが、《証拠省略》によれば、右裁判が本件土地を中層共同住宅の敷地として使用するのがその最有効使用であると判断していることも明らかであり、かかる事実と、同条第一項の借地条件変更許可の裁判手続においては、元来、建築すべき建物の規模、構造を具体的に特定しなければならないものではないと考えられていることを考慮すると、前記借地条件変更許可の裁判が原告らのいうように厳密に地上四階建、延床面積五六〇・五一平方メートル程度の建物に限定してその建築を許可したものであるかどうかについては疑問があるといわざるをえない。むしろ、中層共同住宅といえる範囲内の建物であれば、右裁判によって建築を許可された建物の中に含まれると解することも充分可能である。

そして、被告らが現に建築した現存建物は、地上六階建、延床面積九二四・八六平方メートルの建物の共同住宅であることからすると、右建物は前記建築予定建物よりはその階数、延面積がかなり大きくなっていることは否定しえないにしても、なお、前記借地条件変更許可の裁判によって建築を認められた中層共同住宅の域を出ないものであるとも考えられるので、被告らが現存建物を建築したことをもって、原告ら主張のごとく前記増改築禁止の特約条項の違反であり不当に利得をしているものであると断じてよいかどうかについては疑問があるといわざるをえない。

四  そうだとすると、原告らの本訴請求は、その余の点の判断に及ぶまでもなく理由がないというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野茂)

〈以下省略〉

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